白山比咩神社の「シリーズ企画 自然と生きる⑬「白山の暮らしと文化を愛し、牛首紬の新たな可能性を広げる」」を掲載しています。

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シリーズ企画 自然と生きる⑬
「白山の暮らしと文化を愛し、牛首紬の新たな可能性を広げる」
−西山産業開発・西山博之社長を訪ねて−

(令和7年1月)

当社とご縁のある中から、自然を敬い、慈しみながら、日々の生業を営む方々の姿をご紹介します。

西山産業開発(白山市部入道)
昭和25年に河南四郷土地改良区として発足し、同28年に宮竹用水土地改良区、平成29年に現在の名称に変更。宮竹用水の流域にあたる能美市と小松市の農業者を組合員として、幹線や支線用水路などの農業水利施設を管理しています。約110kmに及ぶ水路を維持して、地域の水の恵みを守り続けています。

(写真)白山市白峰にある「織りの資料館・白山工房」で、牛首紬の商品の数々とともに迎えてくれた西山さん。ここでは予約制で牛首紬の製作工程を見学できます。


白山で育った「山の人間」


古くから白峰地区に伝わってきた牛首紬は、2頭の蚕が共同でつくった「玉繭」から特殊な節のある「玉糸」を紡いで、職人の手作業で織り上げることで、生地に独特な光沢感や素朴な風合いを持たせた織物です。
西山博之さんは、令和4年から西山産業開発の社長を務めます。関連会社である西山産業は、西山さんの祖父や父、おじたちが、山深い集落の産業活性化のために設立し、途絶えかけた牛首紬の伝統を半世紀以上にわたって守り継いできました。
白峰地区の桑島出身で、同社に入社した平成3年頃から牛首紬に関わる西山さん。小学校4年生で白山に登った際、御来光の美しさに山の神様の崇高さを感じて、「それ以来、白山と白山比咩神社は、私の精神的なバックボーンになりました」と振り返ります。毎年の初詣はもちろん、10年ほど前から月参りにも通い、平成31年からは崇敬者総代も務めます。
開山1300年時には記念商品として、表紙を牛首紬で装丁した御朱印帳を企画・製作し、参拝者が好んで買い求める人気商品となりました。「今は鶴来地区に住んでいますが、私には自分はずっと『山の人間』だという感覚があります」と語る西山さんにとって、白山は自らの暮らしと人生に深く根差した存在であるようです。

(左)牛首紬の反物や着物。玉糸の節を活かした縞模様をはじめ、さまざまな色柄を揃えています。
(右)牛首紬で装丁した御朱印帳は、白山市のふるさと納税の返礼品にも用いられています。


海外でも通用した牛首紬


そんな西山さんは平成16年には代表取締役専務となり、呉服市場の縮小に伴って苦戦が続いていた牛首紬の売上アップに腐心してきました。平成21年から海外進出に乗り出したのも、牛首紬の新たな活路を切り開きたい思いからでした。
フランスやイタリアの展示会では世界的なブランドのバイヤーからも高く評価されました。西山さんが「ファッションの本場でも牛首紬の品質は通用する」と自信を深める一方で、ブランド側の価格面の要求が厳しく、取引が長続きしない悩みを抱えていました。そんなときに出会ったのがエルメスで活躍していたデザイナーの寺西俊輔さんです。平成28年のパリの見本市で牛首紬の美しさに魅せられた寺西さんは、それをきっかけに独立して、牛首紬を含めた日本の伝統織物を素材にした洋服ブランドを立ち上げました。

(左)白山と牛首紬に注ぐ思いを語ってくれた西山さん。
(右)寺西さんのブランド「MIZEN」では、牛首紬などの着物の技術を活かした洋服を製作。


寺西さんのもとで牛首紬はジャケットやコートといった高級服に生まれ変わり、生地としての可能性を広げています。西山さんは白山で生まれた織物が、その価値を認められながら新たな市場を開拓していることを喜び、「玉繭から紡いだ糸を織るという牛首紬の本質さえ守れば、あとは時代に沿ってどんどん新しい姿を追求してもいいのではないでしょうか」と伝統をつなぐための変化の重要性を説きます。


「白山らしさ」を忘れない


玉繭から糸を紡ぐ際には、繭をたっぷりの熱湯の中で茹でて、柔らかくほぐしながら、糸を引き出していく必要があります。西山さんによると、「この熱湯は白山の水を沸かしたものでなければ、牛首紬本来の良質な糸にならない」のだそうです。「白山の水のほかにも、白山の風土で育った『山の人間』の優しさや粘り強さがなければ、牛首紬は生まれなかったでしょう」と確信する西山さんからは、自らのルーツである白山麓への愛着と、同じ環境で暮らしてきた地元の人たちへの共感があふれています。

牛首紬の材料となる繭も、現在は中国からの輸入品を使っていますが、西山さんは今は絶えてしまった白山麓の養蚕の復活を密かに願っています。養蚕に必要な桑の木を守るため、白山で採れた桑の葉を使ったお茶やお菓子なども地元のNPOと共に開発してきました。新しい産業で地域を支えることを目指して設立された西山産業開発は、牛首紬に関わる事業を通じて、かつての白山麓の営みを伝え続けているのです。
今後もふるさとの白山麓が栄えていくために、「経済基盤を強くしていくことは大切ですが、その上で、地域のアイデンティティを忘れずに、白山らしい事業や産業が育っていってほしいですね」との思いを語ってくれた西山さん。牛首紬を新たなフィールドに導きながら、令和の時代にも誇れる「白山らしさ」を発信し続けていきます。

(写真)白山工房で製作されている牛首紬は、繭からの糸づくりから、染色、糸をより合わせる撚糸、縦糸を整える整経、布を織り上げる機織りに至るまで、すべて職人による手作業でつくられています。

記・中道大介(高桑美術印刷)