
白山比咩大神(しらやまひめのおおかみ) =
菊理媛尊(くくりひめのみこと)、
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、
伊弉冉尊(いざなみのみこと)の三柱。
・大国主神社(殿内末社)
・荒御前神社
・住吉社
五穀豊穣・大漁満足・開運招福・家内安全・良縁成就・
交通安全・生業繁栄・学業成就・身体健全・夫婦円満・
福徳長寿・家運長久・子孫繁栄・神人和楽
亀甲はおめでたい長寿を表わし、三つ子持ちは、親から子、子から孫へと、過去から未来へ絶えることのない家運長久を意味しています。
また、瓜は古代においての珍菓であり、それを神に捧げて子孫の繁栄を祈るという神祀りの表現です。
崇神天皇7年(前91年)に舟岡山(現・白山市八幡町)に創建されたと伝えられる。
その後、応神天皇28年(297年)に手取川の「十八講河原」へ移されたが、氾濫により社地が崩壊したため、霊亀2年(716年)に「安久濤の森」へ再び遷座された。
さらに、文明12年(1480年)の大火で多くの建物が焼失したため、末社三宮が鎮座していた現在地へ遷された。
| 7年 | 前91年 | 船岡山に白山の「まつりの庭」として白山比咩神社の社殿を創建(白山大神宮御鎮座伝記)/崇神天皇御代 |
|---|---|---|
| 28年 | 297年 | 手取川畔(十八講河原)に遷座/応神天皇御代 |
| 霊亀2年 | 716年 | 手取川畔(安久濤の森)に遷座 |
| 養老元年6月18日 | 717年 | 泰澄白山登拝(泰澄和尚伝) |
| 天長9年 | 832年 | 白山登拝の三馬場(加賀・越前・美濃)が開かれる(白山之記) |
| 嘉祥元年 | 848年 | 勅により神殿仏閣が造立され、鎮護国家の道場と定められる(白山之記) |
| 長久3年 | 1042年 | 白山噴火(白山之記) |
| 久安3年4月28日 | 1147年 | 白山本宮が比叡山延暦寺の末寺となる(白山本宮神主職次第) |
| 安元3年 | 1177年 | 佐羅宮の神輿を奉じ、加賀国目代藤原師経が末寺の涌泉寺を焼き払ったことを愁訴する。その後、たびたび神輿振が行われる(源平盛衰記) |
| 寿永2年5月12日 | 1183年 | 木曽義仲が倶利伽羅の戦捷により神馬を奉納(平家物語) |
| 寿永2年5月 | 1183年 | 源頼朝が神領を寄進(平家物語) |
| 文治2年2月11日 | 1186年 | 源義経が参拝(義経記) |
| 文明12年10月16日 | 1480年 | 本殿炎上、御神体を三宮に奉遷(荘厳講中記録) |
| 長享2年6月1日 | 1488年 | 三宮を本宮鎮座の地と定める |
| 享禄4年5月9日 | 1531年 | 一向一揆と戦い白山衆徒は殆んど全滅(荘厳講中記録) |
| 文禄5年8月27日 | 1596年 | 前田利家が白山本宮を再興 |
| 寛文8年 | 1668年 | 白山麓十八ヶ村が幕府領(天領)となる(白山争論記) |
| 明和7年4月21日 | 1770年 | 本殿(現在の本殿で前田重教の寄進による)正遷宮 |
| 明治元年3月17日 | 1868年 | 諸神社の別当・社僧に還俗を命じる(神仏分離の初め) |
| 明治4年5月 | 1871年 | 国弊小社に列せられる |
| 明治10年10月 | 1877年 | 白山比咩神社を本社とし、嶺上の神祠を奥宮と定める |
| 明治42年7月23日 | 1909年 | 御鎮座二千年式年大祭を執行 |
| 大正3年3月4日 | 1914年 | 国幣中社に昇格 |
| 大正8年8月24日 | 1919年 | 東久邇宮稔彦王殿下白山登拝 |
| 昭和26年6月11日 | 1951年 | 白山奥宮境内3000町歩が白山比咩神社に無償譲与される |
| 昭和30年2月6日 | 1955年 | 高松宮宣仁親王殿下御参拝 |
| 昭和33年10月3日 | 1958年 | 御鎮座二千五十年式年大祭を執行 |
| 昭和37年11月12日 | 1962年 | 白山が国立公園に指定される |
| 昭和41年5月31日 | 1966年 | 常陸宮正仁親王・同妃両殿下御参拝 |
| 昭和48年4月18日 | 1973年 | 第一参集殿竣工 |
| 昭和53年12月7日 | 1978年 | 宝物館竣工 |
| 昭和54年9月27日 | 1979年 | 白山奥宮参籠殿竣工 |
| 昭和55年2月29日 | 1980年 | 第二参集殿竣工 |
| 昭和55年8月4日 | 1980年 | 三笠宮崇仁親王・同妃両殿下御参拝 |
| 昭和55年8月21日 | 1980年 | 浩宮徳仁親王殿下御参拝、引き続き同22・23日白山御登拝 |
| 昭和55年10月3日 | 1980年 | 御本宮御遷座五百年式年大祭を執行 |
| 昭和56年2月2日 | 1981年 | 高松宮宣仁親王殿下御参拝 |
| 昭和57年11月10日 | 1982年 | 本殿移築、幣殿・拝殿新増改築工事竣工 |
| 昭和57年11月23日 | 1982年 | 本殿遷座奉幣祭を執行 |
| 昭和58年5月21日 | 1983年 | 天皇陛下御参拝 |
| 昭和60年5月3日 | 1985年 | 昭和大造営竣工慶賀祭を執行 |
| 昭和62年3月 | 1987年 | 白山奥宮落雷により焼失 |
| 昭和63年6月28日 | 1988年 | 白山奥宮正遷座祭を執行 |
| 昭和63年7月8日 | 1988年 | 白山奥宮御再建竣工慶賀祭を執行 |
| 平成5年5月3日 | 1993年 | 平成御大典奉祝記念事業慶賀祭を執行 |
| 平成17年12月26日 | 2005年 | 斎館移築工事竣工奉告祭を執行 |
| 平成18年5月29日 | 2006年 | 水戸明神社本殿遷座祭を執行 |
| 平成18年10月10日 | 2006年 | 禊場竣工慶賀祭を執行 |
| 平成19年12月15日 | 2007年 | 遊神殿竣工奉告祭を執行 |
| 平成20年10月7日 | 2008年 | 御鎮座二千百年式年大祭を執行 |

菊理媛尊像
(青木哥彦画)
全国約三千社にのぼる白山神社の総本宮である白山比咩神社の祭神「白山比咩大神(=菊理媛尊)」は『日本書紀』に登場する女神のひとりです。
『日本書紀』によれば、天地が分かれたばかりのころ、天の世界である高天原(たかまのはら)に、次々と神が出現し、最後に現れたのが、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)でした。この男女の神には、国土を誕生させる「国生み」と、地上の営みを司る神々を誕生させる「神生み」が命じられました。
伊弉冉尊が火の神を出産した時のやけどで亡くなってしまうと、悲しんだ伊弉諾尊は、死の国である「黄泉の国」へ妻を迎えにいきます。ところが、醜く変わった妻の姿を見て伊弉諾尊は逃げ出してしまい、怒った伊弉冉尊は夫の後を追います。
黄泉の国との境界で対峙するふたりの前に登場するのが菊理媛尊で、伊弉諾尊・伊弉冉尊二神の仲裁をし、その後、天照大御神(あまてらすおおみかみ)や月読尊(つくよみのみこと)、須佐之男尊(すさのおのみこと)が生れます。
白山比咩神社では、菊理媛尊とともに伊弉諾尊・伊弉冉尊も祭神として祀られています。菊理媛の「くくり」は「括る」にもつながり、現在は「和合の神」「縁結びの神」としても崇敬を受けています。