越智山(おちさん)のふもとに住んでいた一厳という人が泰澄の弟子になり、一生懸命修行に励みました。天皇の病気を治す祈祷のため宮廷へ呼ばれた泰澄は、熱心に修行する一厳も連れて行こうしましたが、一厳は「まだ修行が足りないので、宮廷に行くより自然の中で自分の心を養いたいのです」と断り、修行のため山の洞穴に入ったきり出てこなくなってしまいました。
間もなく修行に励む一厳の前に、この洞穴に棲む悪い竜がおじいさんに化けて現れました。ところが一目一厳の姿を見るなり伏し拝み、「私は悪いことばかりしてきたのでその報いを受けて竜にされた者です。今でも悪いことをしたい気持ちを抑えられず、体がかっかと熱くなります。私のうろこの間はたくさんの虫がいて、それが肉をかむので痛くて我慢できません。これを治せるのはあなたの徳だけです。どうか助けてください」と訴えました。
一厳は、「私の徳はまだ薄いのであなたを救うことはできませんが、今までのことを悔い改めれば、これまでの悪い行いは消えるでしょう」と言い、三帰戒という戒を授けました。
七日後、再び姿を現し、「ありがとうございました。おかげで楽になりました。お礼に私はこれからどうすればいいのでしょうか」と訪ねるおじいさんに、一厳は、「人々が苦しむ水害、大風、かんばつ、いなごの害を鎮めるように」と教えました。
その言葉を聞いたおじいさんは、「竜王さまにお願いして何とかやってみましょう」と山の上の池に入り、そこに棲むようになりました。このことがあってから、下流の村の人たちは安心して暮らせるようになったということです。
その後も一厳はこの洞穴に住んでいましたが、ある時お別れのあいさつをしに村人たちの前に姿を見せました。あくる日、心配した村人が訪ねると、一厳は死んでいました。村人たちは一厳を葬ると、この洞穴を一厳洞と名付け、竜が頭を置いたところを竜頭山、尾を置いたところを竜尾原と呼ぶようになりました。この竜尾原が後に大原と呼ばれるようになったということです。