白山比咩神社のコラム「神道講話373号」を掲載しています。

神道講話

神道講話373号「まつりの永遠性(よみがえり)」

はじめに

神宮に奉献された懸税(かけちから) 今年も豊かな秋の稔を大神様に感謝するまつりの季節を迎えました。
特に本年は5月10日には出雲大社大遷宮が執り行われ、伊勢の神宮では10月2日に内宮、10月5日には外宮の遷御が20年という式年で斎行された目出たき年でありました。
10月17日は神嘗祭、11月23日には新嘗祭がご奉仕され、村々里々の鎮守の神様の神賑わいが遠近より聞こえてきます。
当社の奉耕田での抜穂祭は10月20日に斎行され、伊勢の神宮にも懸税(かけちから)として奉献させて頂きました。

式年遷宮

本年は第62回の式年遷宮ですが、持統天皇4年の第1回(西暦690年)以来現在まで1300余年の長き年月、ほぼ20年毎という間隔を守って続いています。
この20年毎の式年遷宮は諸説ありますが、小堀桂一郎東京大学名誉教授は産経新聞9月16日付の正論の中で次のような説を紹介しています。「日本人は1300年の昔に宇宙の時間的秩序には20年を周期とする規則正しい循環性が内在しているという事実を発見していた。そして陰暦の元日と太陽暦二十四節気の立春とが一致する年もあること、それが20年に一度の周期で巡ってくることに気がついていたのではないだろうか。現代の暦学の専門家の計算によると19年と7ヶ月の周期でその一致が生じるとしている。日本人はこの循環性を文字通り日月と共に太陽と月と地球の関係が狂わない限り続いていくのだからこれを以て『永遠』の観念を身を以て認知する術を身につけていたのではないか。」

昭和4年遷宮絵巻(神宮徴古館蔵)

80年ごとの大変革

倫理法人会「今週の倫理」838号によれば、20年という式年遷宮のサイクルを4倍した80年ごとの歴史を振り返ってみると、大きな変革の節目に気付かされます。
今から80年前は世界大恐慌が起こり、日本は第二次世界大戦へと歩みを進めて行かざるを得ない時代でした。 第58回の遷宮(1929年)からの20年はまさに戦前と戦後の価値観の大きな転換期でした。その時に昭和天皇は終戦後の詔書で国民に聖徳太子以来の精神的伝統である「和」の精神を呼びかけ、戦後の復興を支えました。
更に遡って1929年の80年前、第54回の遷宮(1849年)の4年後にペリーが来航し、そのご遷宮から20年後に明治維新が起き、明治天皇は王政復古の大号令で「神武創業の始めに原もとづき…」と詔を発し、国の本(もと)にかえる宣言をしています。
さらに1849年の80年前(1767年)は鎖国の時代でしたが、洋書が解禁となり、蘭学が大流行しましたが、その時代の転換期に起きたのが、本居宣長に代表される日本固有の文化を追求する国学の勃興でした。
こうしてみると、80年ごとに価値観の大きな変革が起こると共に日本の古い精神的伝統が蘇っています。

宝物館展示「神宮撤下御神宝」

当社宝物館には第59回式年遷宮(昭和28年)において神宮に納められていた御神宝を展示致しております。蒔絵の人間国宝故松田権六氏製作の鏡筥など、その時代最高水準の品々が御神宝として納められておりました。

御鏡と鏡筥
神宮御神宝

おわりに

日本のまつりは自然の中に溶け込んでいる姿勢を感じます。
太陽と月と地球の関係はまつりの中に永遠性を見つけ、その都度民族文化の原点に戻って、まつりによって私たちは心のふるさとを知り、祖先の生活意識や生活態度を知る手がかりを見つけることが出来るのです。それは、日本文化の神髄を見ているといってよいでしょう。
宇宙は全て循環とバランスの世界です。生きとし生けるもの一切と共に生きる人間世界、本当の生き方に目覚め、ほんの少しずつでも真実の世界に近づけるように一歩一歩歩んでいきましょう。