白山比咩神社のコラム「神道講話353号」を掲載しています。

神道講話

神道講話353号「自然の中での生活」

はじめに

霊峰白山は、古来より神体山として尊崇され、麓から遙拝する施設が定められて早2100年余を迎えます。
6世紀始めに仏教が伝来し、役行者によって修験道が広められ、白山は養老元年(717)に僧泰澄によって開山され、富士山、立山と共に日本の三名山として称えらました。山岳信仰、山伏の修験の場でありました霊峰白山は、明治初年に女人禁制が解かれ、今では国立公園「白山」として、老若男女どなたでも登れる山となり親しまれております。

大汝峰より(左剣ヶ峰、右御前峰)

白山奥宮での生活

白山比咩神社の神職・舞女は、室堂祈祷殿の社務所で7月・8月の2ヶ月間、交替で泊まり込みの勤務をします。
日中、日帰りのお客様の対応をしているうち、午後3時頃には、参籠殿にお泊まりの方が到着します。お天気が良ければ、荷物を置いて、自然解説員の案内による自然観察会や室堂平の散策をお勧めします。
夕刻登山者の食事が終わって、あと片付けが全て終了してから、奥宮職員は室堂員と共に夕食を摂ります。社務所に戻り片付けをしているうちに午後8時半、発電機を止め消灯、室堂平は月明かりだけの夜を迎えます。晴れていれば満天の星空、天の河や流星も見えます。そして、遥か下界には、勝山、福井、ひるがの高原の灯りが、宝石をちりばめた様に美しく光ります。
昔はローソクやランプでしたが、現在では蛍光灯のランタンで明かりをとり、翌朝の日供祭の準備やご祈祷の確認などをし、1日の反省会をします。

自然観察会

お日の出

朝、お日の出の約2時間前のおよそ午前3時頃、天候や御前峰・別山の様子を確認し洗面、白衣・袴に着替え、お日の出の約一時間前に祈祷殿の「太鼓」を打ちます。
月明かりの頂上道約1キロを、下駄履きで、30分から40分かけて登ります。
お日の出の30分位前になると、周囲はしらじら明けになり懐中電灯もいらなくなる頃、這松の陰や岩の上から鳥の声が聞こえて来ます。カヤクグリやイワヒバリなど・・・。
気温はおよそ10度前後、寒い日は5度位迄下がり、それに風が強ければ体感温度は3度位になります。
奥宮へ到着後ご本殿の扉を開き、日供祭の準備をします。
祭典準備が整ったら、お日の出を待つ間、神職は山の歴史や信仰、高山植物や自然、目前のアルプス連峰(立山・穂高・乗鞍・御岳など)を説明し、剣ヶ峰や大汝峰、能登半島から金沢、福井、岐阜など眼下の景観を解説、翠ヶ池など大小7つの火口湖を巡るお池めぐりコースの説明や、自然観察会の案内などをします。
お日の出を拝したのち、神職の先導で世界平和、皇室の安泰、国家の弥栄、登拝安全を祈念し万歳を三唱します。
その後、奥宮にて日供祭に併せご祈祷を奉仕し室堂平へ下山します。多くの登山者は自然解説員と共にお池めぐりコース(室堂迄約一時間)を巡ります。
室堂では、午前6時半頃より朝食が始まり、祈祷殿ではお札(ふだ)やお守りの授与、ご朱印の対応をします。
参籠殿に宿泊の方や室堂に宿泊の登山者は午前8時迄にはほとんど下山します。
社務所では、授与品の補充や賽物の整理、参籠殿の清掃などをしてから新たに本日の登拝者を迎えるのであります。

御来光

おわりに

カヤクグリ

木々は水を蓄え、二酸化炭素を吸収し酸素を作り出します。そのすがすがしい空気・新しい酸素を胸いっぱいに吸い込み、それを1日の始まりと感じるのは、人間以上に鳥たちではないでしょうか。
お日の出の約30分前に鳥たちは夜の眠りから目覚め「わーい朝だぞー」「空気がおいしい・・・酸素が一杯だー」とさえずります。長鳴き鳥は、朝と夕方に時を告げると云われていますが、朝は朝として、夕方は「もうすぐ日が暮れるぞー」と鳴くのでしょうか?
現代はエコブームでありますが、出来るだけ昔の生活様式に立ち戻る事が一番のエコの様に思います。神様への日々のお供えは、朝御饌(あさみけ)と夕御饌(ゆうみけ)の2食であります。
夜明けに行動を起こし、夕暮れに仕事を終える、「早起は三文の徳」と云われますが、お日の出から日没までの生活サイクルは、電気の消費も少なく最大のエコだと思います。
何かの本で読みましたが「文化は文明を駆逐し、残されたものは砂漠しかない。古代文明の姿を、歴史を返り見て、現代に生かせないのは愚かすぎる・・・」と。
人間は便利、合理性、楽を追求するあまり文化にたよりすぎているのではないでしょうか。
霊峰白山の夏山開山にあたり、自然について今一度考えてみるのも良い機会だと思います。